お月さまを見上げて物思いにふける

気候変動・エネルギーのトピックを追っています。ドイツには2回に分け、計19カ月間滞在しました。

福祉・医療の現場から気候変動対策を進める 市民共同発電所づくりをきっかけに

「民医連医療」8月号に、記事を寄稿させていただきました。

タイトルは「福祉と気候変動をつなぐ市民共同発電私が果たすことのできる『役割』」です。

 全日本民主医療機関連合会が毎月発行する医学・医療雑誌 全日本民医連4紙誌電子文書

 

「ジャストミート 私が声をあげる理由」というコラムで、私が気候変動問題に関わるようになったきっかけや、神戸石炭訴訟での経験、そして現在取り組んでいる市民共同発電サンサンすいたの活動について綴っています。

この記事を読んだ医療関係者の方から、現在進めている「相川診療所市民共同発電所プロジェクト」に資金協力をいただきました。

私の記事は後半のコラムに掲載されています。そこまでページをめくって読んでくださる方がいることを思うと、こうしたテーマについて日頃から考え、学び続けている読者の方々が多いのだなと感じます。自分自身の経験や問題意識を言葉にしたものが、実際の地域での取り組みに結びついたことを、とても有難く感じています。

相川診療所での市民共同発電所づくりの覚書締結の様子(大阪府吹田市)

雑誌の今月号の大きなテーマは「非戦の誓い」。

翻訳家、活動家、医療関係者、学生など、多様な立場から寄せられた記事が掲載されており、社会のさまざまな場所から「平和」を捉え直す、読み応えのある一冊です。また今回、市民共同発電所を設置する相川診療所では、職員さんが平和活動の一環として「原水爆禁止世界大会」へ定期的に参加されているほか、吹田に平和の碑を立てるための資金集めもされています。

 

今回の記事では、まず「私にとって声を上げるとは何か」というところから書き始めました。

私にとって「声を上げる」とは、社会のなかにある課題を「これは問題だ」と言葉にし、それを周囲と共有していくことです。その後、神戸石炭訴訟での経験に触れ、現在の「医療・福祉と気候変動問題をつなぐ」市民共同発電の取り組みへと話が続いていきます。

市民共同発電所づくりでは、市内の高齢者施設や障害者作業所、診療所などと発電所の設置について協議したり、施設の催しや講演会に参加したりする機会があります。

そうした現場の方々と直接お話を伺うなかで、私の中でも一つの認識の輪郭がはっきりしてきました。それは、気候変動が単独で存在する課題ではなく、健康や福祉、日々の暮らしのなかにある「脆弱性」と重なり合いながら、地域の現場に現れてくるということです。

高齢者や子ども、障害のある方ほど、猛暑や災害の影響を受けやすい。そして、その影響は医療や介護、生活上のさまざまな困難とも結びついています。

 

医療や福祉の現場では、地域で安心して暮らし続けられる環境をどう守るのかという問いに、日々向き合っておられます。そうした声を直接伺うことで、気候変動対策もまた、環境政策だけに閉じた問題ではなく、地域の暮らしをどのように支えていくのかという問いと切り離せないのだと、実感するようになりました。

 

医療の現場からの声

今週は、相川診療所市民共同発電所プロジェクトへの協力を呼びかけるため、大阪府内のいくつかの団体を訪問し、意見交換をしました。

大阪民医連の担当者の方からは、「この厳しい暑さの中、医療機関では熱中症で救急で搬送される人が本当に多くなっている。また、高齢者を中心とした孤立世帯が同じく熱中症で自宅で亡くなるケースも一昔前と比べると急増している。これは統計データにも出ていないが、深刻な社会問題だ」というお話を伺いました。

気候危機の影響は、気温や降水量といった指標だけでは捉えきれません。社会のなかですでに存在する格差や孤立、生活上の脆弱性と結びつくことで、より深刻なかたちで現れる。その現実を、医療の現場から改めて突きつけられたように感じました。こうした現場から寄せられる声を、気候変動対策の議論の中にも位置づけていくことが必要なのだと思います。

 

気候変動対策の運動を広げていくには

そのほか、あおぞら財団、公害をなくす会、原発ゼロの会の事務所にも伺い、意見交換をしました。

市民共同発電への資金協力について、「環境問題や再生可能エネルギーへの関心からというよりも、『この施設だから』『この地域だから』という理由で支援する人が多いのではないか」という指摘もありました。実際、これまでの協力者にもそのような傾向があります。一方で私自身は、市民共同発電という具体的な取り組みを入口として、再生可能エネルギーや気候変動そのものへの関心の裾野も、もう少し広げていけたらと思っています。

 

あおぞら財団を訪問した際には、作成された「気候変動×防災×公害」というパンフレットをいただきました。

災害や公害による被害は、経済的に困難な状況にある人、高齢者や障害者、日本語を十分に理解できない外国人など、社会的に排除されやすい立場にある人ほど大きくなりやすいことを前提に、そうした人々を取り残さないために何ができるのかを考えるワークも紹介されています。

まさに今の自分の関心とも重なる内容で、ぜひこのワークショップを実際にやってみたいです!

教材のダウンロードや冊子の送付依頼はこちらから

教材「気候変動×防災×公害ハンドブックー未来に手渡したい環境と社会を考える」 – あおぞら財団の研修・教育

 

再エネ×蓄電池を福祉施設に

そして、サンサンすいたでは、次の活動についても話し合っています。

その一つが、市内の福祉避難所への太陽光+蓄電池の設置を進めることです。

まずは高齢者施設・障害者施設の実態を調査し、専門家からフィードバックをいただく。その結果をレポートとしてまとめ、施設関係者とも議論しながら、行政への政策提言や議会への請願につなげていく

新たな市民共同発電所づくりが一旦落ち着く来年以降、関心を持ってくださる施設を探すところから、ぜひ取り組んでみたいと思っています。

現場から寄せられる声を、気候変動対策の政策や地域のエネルギーのあり方に反映させていく。市民共同発電の活動を、単に発電設備を増やすための取り組みにとどめず、そうした役割を担うものとして発展させていけたらと思っています。

大阪府吹田市内の福祉避難所の指定状況一覧(令和8年6月付)計34カ所あり 

福祉避難所|吹田市公式ウェブサイト

 

また、市民共同発電の活動を通じて、支援してくださる方がイベントに足を運んだり、施設の方と交流したりすることで、地域の医療や福祉の施設が、そこに暮らす人にとってより身近な存在になっていくことも、私たちが思い描いている一つの姿です。

最近、私の夫が相川診療所で健康診断を受けました。私も付き添いで行ったのですが、普段は会議で顔を合わせている方と、診療所のなかでばったり出会いました。

 

市民共同発電所をつくるという活動が、エネルギーの問題にとどまらず、地域と医療・福祉の接点をつくり、人と人との新たな関係を生み出していく。そんな広がりを、これからも少しずつ地域のなかにつくっていけたらと思っています。

妊娠してから思うこと①働く女性として掛けてもらいたい言葉

出産を経験した人から、「まあ陣痛が来る直前までは動けるよ!」「妊娠中は大変だったけれど意外と出張などもこなしていた」と(冗談交じりであるが)声を掛けられることがある。妊娠中の体調には大きな個人差があるし、私自身もまだ出産前なので、実際に出産を経験した後にどう振り返るのかは分からない。出産や産後にはホルモンや身体の状態が大きく変化することも知られており、妊娠・出産を経験した人が、その時期の大変さをどのように記憶し、振り返るのかは、身体だけでなく脳の変化とも関係しているのだろうか。

最近では「マミーブレイン」という言葉も知られるようになった。妊娠・出産を経て、記憶力や集中力などに変化を感じる人がいることを指す言葉だ。実際、妊娠中から出産後にかけて、母親の脳には大きな構造的変化が生じることが研究で示されている。ただし、それを単純に「脳機能が低下する」と捉えることはできず、母親として新しい環境に適応するための変化として捉えられる可能性も指摘されている。

そう考えると、妊娠期間中にあれこれ考えたことも、出産後には見え方が変わってしまうかもしれない。忘れてしまう前に、今の自分が感じていることを書き留めておくことにした。

妊娠するタイミングまで考えないといけない世の中?

私の勤める会社では、年度単位で国や自治体、研究機関などから受託する業務も多い。そのため、妊娠が分かった後は、来年度の仕事の見通しも含めて、上司や同僚と早めに情報を共有することにした。振り返ってみると、周囲に相談する良いタイミングだったと思う。

出産が近づく中、住む地域の保育園の事情に関してもようやく情報収集をし始めた。幸いその地域では「待機児童問題」が今のところ発生していないが、希望の園が人気の園である場合に、「0歳児で入れるか、1歳児で入れるか」問題がある。さらには、「0歳児で4月入園できるように妊娠のタイミングを考えるべき(出産の期間が例えば1月や2月など年度の終わりにならないように妊活をする)」などといった議論がSNSでは交わされていた。「働く女性」は色々考えることが多いものだ。

保育園に入れるタイミングについて、私たち夫婦の間では最終の結論は出ていないが、早くても1歳児=1歳と6カ月になろうかと思う。理由の第一が「赤ちゃんの間、できるだけ近くで成長を見たいから」、第二に夫の柔軟な働き方や自分の親からのサポートが期待できること、第三くらいに「待機児童問題がないから急がなくても何とかなるだろう」ということがある。ただ私は在宅勤務なので、「マミーブレイン」ともたたかいながら、どれだけ支障をきたすことなく仕事に向き合えるかは、実際に育休が明けてからしか分からない。勤務先で年度ごとのプロジェクトに参加するために、出産から約半年後の4月1日から復帰予定だ。

「つわり」って何?

冒頭、出産を経験した女性から掛けてもらう言葉について触れたが、例えば職場の男性からは逆にすごく配慮を感じる場面が多かった。

まず第一声として出て来るのは「つわり大丈夫ですか?」

「つわり(悪阻)」って、妊娠する前の私でも馴染みのない言葉だったので、妊娠初期はその人がその言葉を知っているというだけで理解があるんだな!と思った。ただ、妊娠9カ月目に入って大きくなったお腹を見た実父からは「つわりが来たら病院へ行かなあかんね」と言われ、「それ陣痛の間違いや!」と突っ込みを入れたが、まあそういうこともある。

「つわり」とは吐き気や食欲不振などの妊娠初期の症状を一般的に指すが、症状が中期まで続く人もいるし、人によって症状が異なる。私の場合は空腹になるとむかむかするので何かしらを食べ続ける「食べづわり」を経験した。

役所のプレママ・プレパパ講座でお話しした妊婦さんは、1カ月間全然食事が喉を通らず、家に引きこもっていて、今週からやっと外出できるようになったんです!と漏らされており、健康状態は人によって様々なんだと実感した。だからこそ、「自身は他人と比べて症状がかなり軽い方だ」と思い込ませるようにしていた側面がある。少し体調が優れない時でも、自分はまだマシなのだから頑張ろう、元気に振る舞おうと少し無理をしていたこともあった。

個人差が大きい中でいかに「休む」か

労働基準法では以下のように定められている。

産前は6週間(多胎妊娠は14週間)、産後は8週間の休業を請求・取得できます(産後6週間は本人が希望しても就業不可)

制度として一定の保護が設けられている一方、妊娠中の体調・仕事の形態(立ち仕事・オフィスへの出勤頻度)・家庭環境(シングルマザー・夫の働き方)等には個人差が大きい。産前6週間という一律の区切りが、1997年の改正からは変更されていないことに対し、現在の働き方や妊婦の多様な体調にどこまで対応できているのかは、考えてみてもよいテーマだと思う。

私は出産予定日*の6週間前ちょうどから産休を取得した。有給休暇を使ってそれよりも前から産休を取ることもできる。私自身は、在宅勤務を基本とする働き方だったこともあり、妊娠中の体調に合わせて仕事を調整しやすい環境にあったが、勤務の最終週は15時ごろには電池が切れてしまうようなコンディションだったので、6週間前がリミット、7週間前ごろから休みに入るのが良かったかなと振り返る。

出産予定日*=妊娠発覚後、産婦人科に3回目にかかった時、つまり出産の7か月前に一旦決まったもの。予定日の1カ月前を臨月と言うが、臨月に入れば健康な人であっても出産してもおかしくない時期に入る。

 

では、産前休業の期間はどのような根拠で設定されているのだろう。妊娠後期の体調や働き方の実態について、現在のデータから改めて考えてみる必要があるのではないか。また、妊娠初期のつわりなどによる体調不良についても、医師等から指導を受けた場合には、勤務時間の短縮や休憩、通勤緩和など、母体の状態に応じた措置を事業主に求める仕組みがある。ただ、具体的な働き方は、仕事内容や職場環境によっても変わってくる。

掛けられて安心する言葉

こうした制度があることはもちろん重要だが、制度を実際に利用できるか、また体調に合わせて働き方を調整できるかどうかは、職場の雰囲気や周囲とのコミュニケーションにも左右される。そして同時に、本人自身が「休んでもいい」と思えることも大切なのだと思う。

 

「1年休んでも戻ってくる場所はあるし、1年仕事から離れたからといって、必ずしもキャリアが途絶えるわけではない」

妊娠が分かってから、私が心配していたことの一つが、出産や育児のために仕事から離れることによるキャリアへの影響だった。休む権利や必要性があることは頭では分かっていても、これまで積み重ねてきた仕事から一度離れることに、不安がなかったわけではない。そんなときにこの言葉をかけてもらい、少し気持ちが楽になった。

 

「妊娠・出産を経験する女性だからこそ得られる経験がある」

これは男性からかけてもらった言葉だ。最初は「まあ、そうなんだろうな」と少し客観的に受け止めていたが、自分の身体の中で、少しずつ一人の人間が育っていく過程を日々実感できることは、妊娠している今の自分だからこそ経験できることだ。生まれてくる子どもからの愛情も、いっぱい受け止めたいと思う。

 

最後に、自分の置かれている状況を正確に理解し、自己肯定感が高まった動画を紹介したい。

www.facebook.com

「母体は自らの骨・血液から胎児に必要な栄養素を送り届け、またキャリアを捧げ、自らの命を危険にさらして出産の準備をしている」

妊娠によって女性の身体に起こる変化や、出産によって仕事や生活にもたらされる影響について、男性が男性に向けて語る動画である。女性に対して「分かったつもり」で説明する、いわゆるマンスプレイニングを皮肉った内容だ。

妊娠中は、鉄分やタンパク質などの数値の変化を見ながら、食事の内容を見直すこともあった。自分の身体の一部を捧げて、ひとりの人間を育てているんだと実感すると共に、少し誇らしい気持ちになることもある。

 

そして、妊娠・出産への理解は、必ずしも自分自身が経験したことがあるかどうかだけで決まるものでもないと思う。

私の夫は根っからの心配性で、妊娠中に避けた方がよい食事や運動、検査結果などをインターネットで調べては、いろいろと教えてくれるタイプだ。時には私より詳しいのではないかと思うほどで、助かっている。

たぶん次に続く…

今日はパレスチナDayと称して外に出てみた日 映画『壊された5つのカメラ』

日々の仕事と生活に追われていると、自分は社会的な問題を正しく理解できていないのではないか、市民一人ひとりの行動が必要と言われている中で、格差や環境破壊を助長する側には回らないにしても、何も出来ていないのではないかと不安になる。

 

2026年1月11日、「パレスチナDay」と称して、パレスチナで起こっていることに向き合ってみることにした。

 

この記事を書く中で、他に下書きにしている記事のことを思い出した。ドイツ滞在中に参加したカーボンニュートラル目標年前倒しのための住民投票運動についての後編だ。

そのひとつ前の記事は、ドイツで「No Other Land」の上映会に参加したことを取り上げた。この映画は、パレスチナ人に対するイスラエル軍やユダヤ人入植者による襲撃の一部始終を取り上げたもので、今回の記事で取り上げる映画が映し出しているところと近しい。

 

私は気候変動対策を求める活動をこれまで行ってきて、関連したイベントにも多く出席しているため、その報告やアクションの呼びかけを行う必要性・プレッシャーを感じているが、実際記事を書こうと思うと中々進まないのだ。

 

パレスチナ問題についても、誤ったことは発信できないので、都度インターネットでの検索が欠かせないが、やはり「今」書かなければならないと背中を押される。

ということで記事を書き始め、ほぼ書き終わっていたのが約2カ月前でした…

 

1月11日は3連休の中日。サポートしている団体のFacebookの投稿を見て、パレスチナ関連の催し物が、同じエリアで同時発生していることを知り、予定を空けておくことにした。

 

①1/10~12 パレスチナ・フェスティバル

…レクチャー・上映会・ワークショップ・物販(by Friends of Palestine 神戸)

②1/11 パレスチナに心を寄せるつどい

…トークイベント・写真展・物販(by 架け箸・パレスチナとつながる写真展マクルーバ・THE BIG ISSUE Japanの希望をつむぐ本屋さんにて)

 

場所は大阪の千林商店街。大阪のバラエティ番組でタレントが街頭インタビューをしたり食べ歩きをしたりする商店街として知られているが、これまで訪れたことはなかった。結局、今回はゆっくり商店街を歩くことができなかったので、また改めてじっくり回ってみたい。

まず少し(かなり)遅れて、①のレクチャー「パレスチナへの暴力に対する日本の加担とその先」に参加した。主に対イスラエル企業に対する運動ーBDS運動(ボイコット・投資撤退・制裁)に関して言及された。

日本におけるBDSガイドライン

 

このイベントの参加前後で、知り合いとの普段の会話の中で、たまたまBDS運動について意見を交わす機会があった。

近日中にパレスチナ問題に関するイベントに参加する予定だと伝えると、「それは政治的だね~」という返しがあった。

確かに政治が深く関わっている問題だと思いながら、私たちのお金がどのように使われているのかについて、以下のような例を挙げて説明してみた(あくまでも簡単にではあるが)。

 

・ファナックの産業用ロボットが、イスラエルや、イスラエルに武器を提供する軍需企業に直接的ないし間接的に輸出されている。

・私たちの年金がイスラエルの軍事企業に流れている

 

他には、BDS対象の企業リストに対して、「ここはボイコット難しいわw」という声。

・Google:私はAndroidのスマホを使っていて、特にフォトにはお世話になっているが、容量もいっぱいでどこに乗り換えるべきか分からない。また仕事でも、業務上のチャットを含めGoogleに頼りきりになっている。

・Booking.comやAirbnb:イスラエルの入植地(もともとパレスチナ人が住んでいた土地を収奪して作られた場所)の物件掲載を続けているとして、ボイコットが呼びかけられている。直接予約は、施設側にとっても手数料が差し引かれないという利点があるが、ホステルなどは予約サイト経由の方が安いこともある。その差額については友人に「見ない方がいいよね」と伝えた。

・Amazon:私の場合、楽天市場でなんとかなっている。

 

レクチャーが終わってから、会場内の展示品を見て回り、グッズを購入。その後、図書館に立ち寄り、カフェで体を温めながら時間をつぶした。

引き続き、①のフェスティバルの企画の一つである「壊された5つのカメラ」の上映会に夕方から参加した。

この映画は、パレスチナの・ビリン村の抵抗運動を5台のカメラが追ったドキュメンタリー。撮影者のイマード氏は元々ジャーナリストとかではない、オリーブ農園を運営する一家の父親で、末っ子の四男が生まれたタイミングで初めてカメラを手に入れた。その村ではカメラを持っていることは珍しいので、村のイベントのカメラマンとして駆り出されることもあった。2005年のこと。その頃、徐々に激化していったイスラエル軍の入植行為への抵抗運動を記録に撮ることを始め、途中自身の逮捕やカメラが命拾いするような危険な場面を経験しても、決して撮影を止めず、平均して1年に1回新たなカメラを買うこととなった。

イスラエルの入植地とパレスチナ人の村を隔てる分離壁は、ビリン村のオリーブ畑を切り裂くように建てられた。畑は壁の向こう側に押しやられ、人々は自分たちの土地に自由に入ることすらできなくなった。
イスラエル側は、既成事実を積み重ねるように、プレハブ小屋を建てていく。それに対してパレスチナ人たちは、建設資材であるコンテナの移送を止めたり、建設現場に立てこもったりして、それを阻止しようとする。

ときおり政治家が村を訪れるが、それはパフォーマンスに過ぎず、村の人々の生活や抵抗の現実を変えることは無いと語られた。

イスラエルの裁判所は、分離壁の建設を違法だと判断したこともあった。しかし壁はすぐには撤去されず、実際に取り除かれるまでに5年もの時間がかかった。

 

映像の中では、入植地の拡張が進む中で、爆撃音が聞こえるような状況でも、子どもたちが楽器を手にして音を鳴らし、騒ぎ立てる場面が映し出される。彼らは、幼い頃からこの運動の中で育ち、「奪われた土地を取り返す」という言葉を自然に口にする。

 

非暴力で抵抗を続けることが簡単ではないことは、映像の端々から伝わってきた。

素手に近い人々の抵抗と、武器を持った兵士たちの力の差はあまりに大きく、建てられたものは簡単に破壊される。それでも人々は、壊されたらまた建てるという行為を繰り返す。またオリーブの木が燃やされ、土地が荒らされることもあった。それに対抗して、人々は植樹を行い、再び木を植える。

 

上映会の主催者で、日本に暮らすパレスチナ出身の女性が語った言葉が印象的だった。

 

パレスチナの抵抗運動には、必ず終わりがあると信じている。抑圧が終わり、自由が訪れるという希望を持っている。パレスチナの人々にとって、抵抗の運動が止まることは、単なる休止ではなく「死」に等しい。


行動をやめることは、占領を受け入れることと同じになってしまうからだと思う。彼女は、アイルランドや南アフリカの歴史にも言及した。どちらも長い植民地支配や差別と暴力の時代を経ながら、最終的にはそれを終わらせるところまでたどり着いた社会だ。

 

上映会を後にして、1日の最後のイベント②「パレスチナに心を寄せるつどい」のため、千林商店街の東側の端っこにある「希望をつむぐ本屋さん」へと移動した。

そのスペースは、ストリートペーパーを通じて、ホームレスや生活困窮者の仕事を生み出しているTHE BIG ISSUEが運営するシェア型書店だ。シェア型書店というのも面白いなと思ったが今回は割愛する。

一人目の登壇者は「パレスチナとつながる写真展 PROJECT マクルーバ」のメンバーである村上さん。

村上さんは、2002年に知人が主催するスタディツアーで、パレスチナ西岸地区とガザ地区を訪れたことが、現在の活動の原動力に繋がっている。当時と比較した、パレスチナの街並みの変わりようを、二人目の登壇者の高橋さんの発表中にも伝えてくれた。

「マクルーバ」という言葉は、現地の料理(鍋で作った炊き込みご飯)の名称で、アラビア語で「ひっくり返す」という意味を持つ。パレスチナのイメージや語られ方そのものをひっくり返したいという思いから写真展を始め、全国で50か所ほど(!)に広がってきた。大阪府内でも何度か開催されていて、私も今回が3回目の参加であったが、観る度に気になる地区や視点が変わっていて、関心が広がっていることを実感する。

 

もう一人の登壇者は、フェアトレード・パレスチナ雑貨専門店「架け箸」を立ち上げた高橋さん。彼女は大学時からの同学年の友人である。フェアトレード雑貨店「架け箸」を立ち上げ本格的に活動を始めたのは2020年、私が新卒で働き始めたタイミングだった。

2025年8月、ヨルダン川西岸地区に1か月滞在し、オリーブの木製品や刺しゅう雑貨を作る生産者さんのもとを訪ねた。今回がパレスチナへの5回目の渡航だった。

変化が見られたのは、町から町への移動だと言う。
自動車の車内から見える道路の封鎖バー(チェックポイント)は運転手が予め情報を得てルートを決めているため基本的に開いているが、閉鎖されている場合迂回が必要となる。命に危険は及ばないとしても、このようにしてパレスチナ人の移動の自由が奪われていっている。

高橋さんは滞在記を26本も記事として投稿している。その中で語られている言葉を引用する。

見えない占領、「たまたま自分たちではない」ということ。
1時間~2時間もドライブすれば、映画「ノーアザーランド」で土地を追われている村々が、4~5時間離れた北部にはガザのように空爆を受けている町があって、すぐ近所でも、一昨日イスラエル軍が住居の破壊命令を出したと教えられました。(※パレスチナの中であっても、イスラエル軍の命令が上位に来る地域があり、住宅や学校、生活インフラが破壊されています)


彼女は、パレスチナの生産者と日本の消費者をつなぐフェアトレードの店として、少しずつ関係人口とファンを増やしていきたいという想いで、滞在報告の話の折々にはパレスチナの日常風景を必ず織り交ぜるようにしている。

野菜を手際よく切る様子や、来客に対して振る舞われるコーヒー文化、そして現地の方が直々に教えてくれた料理のレシピ。

人よりもずっとパレスチナ関連のニュースを目にする機会が多く、悲しみや怒りの感情に苛まれることもあるはずだ。しかしそれを表に出さず、共感や関心を広げる情報の見せ方・話し方を貫いている所が、尊敬できるし、参考にしたいと思った。

 

2025年10月、停戦合意のニュースが報じられた一方で、現地ではハマスの武装解除と段階的な管理強化が進められている現実がある。また「復興」という言葉は報道等でまだ聞かれないが、爆撃で家を失い、寒さの中で生活もままならない人びとがいる。国境なき医師団やJVCのような支援団体の活動すら厳しく制限されているような状況だ。

 

そして時間が経ち、2026年の3月になり、世界では中東情勢がより緊迫し、パレスチナの状況はむしろ複雑さを増している。

こうした状況を前にして、また仕事が忙しくなると、ニュースすら追えていない時は自分に腹が立ってくる。それでも、このパレスチナDayのように1日でも問題と向き合い、情報をアップデートする時間をたまに作ることで少し心が軽くなる気がする。

参加型民主主義について考える①住民投票は誰のための仕組みか――日本の事例

ドイツ・ハンブルク市では、2025年の住民投票に向けた準備が進められている。今年は「カーボンニュートラル」と「ベーシックインカム」の2件が受理されている。前者の住民投票 zukunftentschid の運動に一部関わった経験から市民運動の片鱗を共有できたらと思い、記事を書き始めた。日本の住民投票の制度について調べる内に、一部地方自治体にて重要な動きがあったことを記したく、本記事を前編とする。

住民投票って何やっけ?

日本国内での住民投票と言ったときにまず思い浮かぶのは、大阪都構想に関する住民投票だ。2015年、2020年に大阪市で行われいずれも僅差で反対が上回った投票結果となり、再び住民投票が実施されるかは未定という状況だ。

ほかに、沖縄県米軍普天間飛行場辺野古移設に関する県民投票(2019年)では、7割の反対票が投じられたが、現在、辺野古で埋め立て区域に広がる軟弱地盤の改良工事が進められている状況だ。国の政策に対し、地方住民がどこまで影響力を持つかを問う象徴的な事例であると言える。

 

直近では大阪で「カジノ」を巡る市民運動があったことも記憶に新しい。2022年初頭に市民団体が、カジノを含むIR誘致に関する住民投票条例制定の直接請求を求め、約21万筆(うち有効約19万3千筆)の署名を府内で集め、提出。

自身が大阪駅付近で行われていた演説に立ち止まり、その場で署名を行ったことがあり、また多数の署名が集まったことを知っていたため、あれは住民投票まで行ってなかったんやっけ?と気になった。

2022年3月末 ヨドバシ前、山本太郎が来ているとの事で覗きに行ったら、IR・カジノ計画への「直接請求署名」の呼びかけをしていた(筆者撮影)

住民投票の制度

どうやら日本の自治体の住民投票には「個別型」と「常設型」の2種類があるらしい。

①個別型

  • 特定の案件ごとに都度、住民投票条例を制定する方式。

  • 条例の制定自体が議会または首長の判断に依存

 🔹 特徴:住民からの請求があっても、議会で否決されれば投票自体が実施されない

 

②常設型

  • あらかじめ住民投票条例を定めている自治

  • 条例で「どういうテーマで」「どういう手続きで」住民投票を行うかを定めておく。

  • 市民からの請求があれば、手続きに則って実施可能。

 🔹 特徴:柔軟にテーマを設定可能。テーマ例:景観、公共施設、基地問題など。

 

カジノに関する直接請求では、集まった署名は法定署名数を大きく上回っていた。その後、その是非を問う住民投票条例案自民党が提出したが、維新と公明の反対多数により大阪府議会および大阪市議会で否決された。これは大阪府大阪市が「個別型」住民投票に分類されるからだ。

自民党内部では「住民投票によって市民理解を深める必要がある」との賛成意見が出ていが、修正案も含めて成立には至らなかった。 吉村洋文知事は「議会での議決手続きが十分あり、住民投票の意義を見いだせない」という意見を述べ、大阪維新が議会多数を占めていたこともあり、早期の否決が決定されたのである。

常設型住民投票の始まりと意義 愛知県高浜市

日本で初めて、議会が拒否できない常設型の住民投票条例を制定したのは、愛知県高浜市だそうだ。名古屋市ベッドタウンで人口4万8千万人ほどの小規模な自治体である。

条例制定のきっかけとなったのは、1996年岐阜県御嵩町産廃施設に反対して住民投票を検討した町長が襲撃されるという事件だった。その後、町民の力で住民投票が実現し、町議会は18人中12人が条例案に賛成した。

ecotopia.earth

この一連の動きに感銘を受けた愛知県高浜市の当時の市長は、「重大案件が起きる前に制度を整えておくべき」と考え、全国初となる常設型条例を提案した。

議会の権限を制限する内容だったため慎重論もあったが、請求に必要な署名数を「有権者の3分の1」と高く設定することで議員の理解を得て、全会一致で可決された。

この高浜市の取り組みが、後に他の自治体にも波及している。2023年7月末時点で、常設型の住民投票に関する条例を制定している自治体の数は78ある。

住民投票は間接民主主義を否定するものではない 大阪府岸和田市

それらの自治体の住民投票に関する条例を調べていた時に、大阪府岸和田市の条例解説の文章に感銘を受けたのでシェアする。

岸和田市では、2005年に制定された自治基本条例で、住民が有効人口の1/4の署名を経て請求した場合、市長は直接住民投票を実施しなければならないと規定している。

住民投票をめぐる議論では、「間接民主主義を否定するのではないか」という懸念も根強い。だが、岸和田市は、住民投票は議会を補完し、自治を深めるための制度であると繰り返し以下の文章で強調している。

(1) 住民投票制度については、「間接民主主義を否定するもの」という議論もありますが、現行の地方自治制度では、もちろん間接民主主義が基本であり、直接民主主義である住民投票は、これを補完するものとして位置付けるものだと考えます。

 自治の本旨においては、直接民主主義、間接民主主義、どちらが正しい選択というべきものではなく、双方が互いに制度の十分でないところを補完しながら、その時々の社会情勢に則し住民の意思をより的確に反映することが重要なのであって、制度の柔軟な運用が必要です。

 住民投票は大きな課題ですし、自治というものを考える上では、議会と住民投票地方自治の2本柱であり、決して間接民主主義を軽視するものではありません。

(2) 住民投票といっても、全てのことを住民投票で決めるわけではありません。岸和田市が直面する重要課題、岸和田市の根幹に関わるような課題、将来に決定的な影響を及ぼすような課題に限って住民投票をすることは、間接民主主義の否定には繋がらないと考えます。むしろ、間接民主主義では十分とはいえない部分を補う意味を持つものです。

(3) 自治基本条例の前文に規定しているように、市民が自治の主体、市政の主権者であるという認識が高まり、市民が自らの地域は自らの手で築いていこうという意思を明確にして、自ら考え、行動することで市民自治都市の実現を目指していくとき、市長や議会と市民の考えが対立しているか否かを問わず、岸和田市にとって重要な問題については住民投票にかけるという選択肢がでてくると考えます。
 住民が主権者の責任において住民の意思をはっきり示して、市長や議会の政治判断の方向性を示唆する意味は大きいと考えます。

(4) 住民投票を制度化しても、その位置づけは、種々の住民参画制度の内の一つであって、住民投票が住民の意思の地方政治への反映手段として絶対視されたり、万能視されたりすべきではないことはもちろんです。

(5) 住民投票を実際に実施するには、多大な費用と住民のエネルギーが必要であり、かつ、望ましい姿で実施されるためには常日頃からの情報の公開、住民の地方政治への参画意識の育成、政治的成熟、種々の住民参画制度の充実が必要であり、かつ、望ましい姿で住民投票が実施されてこそ、住民と議会との間にも適切な緊張関係が保たれ、議会の活性化とともに、住民投票制度が定着することが可能となると考えます。

(6) このようなことから、住民から一定の要件を満たした請求があれば住民投票を行うことで、直接住民の意思をより的確に反映させようというものです。住民にとってのセーフティーネット(安全網)との位置付けでもあります。しかし、なんでもかんでも住民投票するというものではなく、その分ハードルを高くして、それでも、それだけの住民の声が集まれば、直接住民の意思を問うための住民投票はやはり必要だろうという考えです。

岸和田市住民投票条例逐条解説 - 自治基本条例 - 岸和田市公式ウェブサイト(企画課)

読んでみてどうだろうか。ええこと言うなぁという感想が漏れる。

住民投票に対する過度な期待も過度な警戒もなく、必要なときに、必要なテーマに、必要な規模で住民の声を問う必要性を分かりやすく説く文章だ。「投票する権利」は、日頃からの情報公開と対話によって初めて意味を持つというのもまさにその通りだ。

定住外国人にも認められている住民投票

この条例は、岸和田市長を8期32年務めた原氏の最後の仕事となった。そして「常設型」であることに加え、定住外国人」にまで範囲を広げたのは全国初だった。

投票権を得られる外国人は、基本的に市内に3カ月以上住所を有する者としている。前提となる満18歳以上の年齢要件は永住外国人でも同様だ。

現在の条例では「定住外国人」を以下のように定義している。

【1】 特別永住者

特別永住者」は、1991年11月、「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」の施行によって、歴史的経緯により引き続き日本に居住している朝鮮人及び台湾人とそれらの人たちの子孫を対象に定められた在留資格です。これらの人は、日本への永住資格を得て、日本の風土や文化、慣習の中で日常生活を営み、日本と密接な関係を持ち、生活の場である地方の問題についても日本人とともに考えるに至っていると考えられます。

【2】 永住者

永住資格をもっているこれらの人たちも、前号に規定する理由と同じです。

【3】 在留資格を持っている外国人

出入国管理及び難民認定法別表第1に規定する活動や別表第2に規定する身分や地位の在留資格をもって在留している者で、引き続き3年を超えて日本に住所を有しているもの」。 ここに規定する「3年を超えて」というのは、以下の理由によります。
 在留期間が、その活動内容によって3カ月であったり、1年であったり区別されていますが、最高でも3年を超えることはできない(平成21年7月に「出入国管理及び難民認定法」が一部改正され、現在は、最高でも5年を超えることはできない、と規定が変更されています)と定められています。それを超えて日本に在留するには、活動内容によっては何回も更新手続が必要となってきます。もし、更新しないままですと在留資格を失い、不法滞在となってしまいます。
 更新することで、さらに日本に滞在しようという意思を明確にしているこれらの外国人については、たとえ「永住」の資格を持っていないとしても、3年を超えた滞在中に日本の風土や文化、慣習に触れることで、日本と密接な関係を持ち、地方の問題について日本人とともに考えるだけの知識を身に付けるに至っていると考えられます。

岸和田市住民投票条例逐条解説 - 自治基本条例 - 岸和田市公式ウェブサイト(企画課)

国内では現在、外国人投票権を認める条例を制定している自治体の数は42とされている。地方自治体の条例による住民投票制度は、選挙よりも柔軟に「住民の範囲」を設定できる。だからこそ、外国人住民にも発言の機会を保障するツールとして、住民投票の活用が注目されると考える。

 

日本の現行の法律では、永住者や定住者として10年、20年と暮らしていても、参政権を得るには帰化が必要であり、帰化にも言語や職業、思想の審査がある。

そもそも定住外国人参政権は、国政選挙ではなく地方選挙を対象に、1990年代から議論が本格化した。1993年には(また同じく)大阪府岸和田市議会が付与を求める決議を行い、その動きは全国にも広がった。1995年の最高裁判決は請求を退けながらも、「永住者らに地方選挙権を与えることは憲法上禁止されていない」と明言し、判断を立法に委ねている。

 

今回岸和田市の条例で定める外国人の定義を読み、ほっとした。そこには、地域の一員として共に暮らす姿を当然の前提とする考え方が読み取れる。もちろん、日本社会に溶け込むための支援は欠かせない。しかし、近年は排除を前提とする議論や風潮に慣れすぎてしまっていた分、「共生」の原点を思い出させてくれる条例の存在が、少し心強い。

外国人排除を前面に打ち出す政党が登場し、「日本人ファースト」というスローガンが躍る背景には、移民・労働問題・治安・アイデンティティに関する複雑な感情があるだろう。だが、その一方で、「このまちで暮らしている」だけの理由で、意見を表明する機会すら奪われる人たちが出てくるかもしれない。

最後に

今回は、ドイツ・ハンブルク市の住民投票について記す前に、日本の住民投票制度への理解を深めるため、全国初の常設型住民投票を条例に定めた高浜市と、外国人の住民投票を初めて認めた岸和田市の事例を見ていきました。

しかし残念なことに、条文通りの制度があるにもかかわらず、両市ではこれまで実際に住民投票が成立した例はないのである・・・!(高浜市では、一度住民投票請求が行われたが、成立要件を満たさなかった。)

制度を持つだけでは、市民の声や多様な視点は十分に届かないままだ。だからこそ、これらの仕組みを「飾り」ではなく、日常の自治を支える道具として活かしていくことが必要だ。

『No Other Land』ドイツでパレスチナの現状を記録した映画を見る

Zerstöre es nicht!!(これ以上私たちの家を)壊さないで!

映画の字幕で何度も見た動詞が【zerstören】【destroy】【壊す】

パレスチナの人々の土地(Masafer Yatta)、日常、尊厳、そして未来が、あまりにも簡単に「壊されて」いく。それは2023年10月に行われたハマスによるイスラエルへの越境攻撃、その後のイスラエル軍によるガザへの侵攻以前の話である。

 

映画のタイトルと、パレスチナの活動家(Basel)とイスラエルのジャーナリスト(Yuval)が友情を築いていくという概要だけを知って私は席に着いた。

監督が手持ちカメラで淡々と追う日常の風景。パレスチナの住人たちの目線で、これまでの安心して眠ることもできない生活を追体験しているような感覚だ。途中、目をそむけたくなるような破壊・暴力のシーンもあったが、これが彼らの「日常」なのだと思い知らされる。私たちが平穏な日常として享受しているものは、そこには存在しない。

 

会場内の様子&次回のイベントのチラシ

■ 印象に残った3つのシーン

1|「俺たちはいつ結婚するんだろう」何気ない会話

ある場面で、イスラエル人のYuvalがパレスチナ人のBaselに「モルディブに行こうか」と冗談めかして言う。また別の場面では、「俺たちはいつ結婚するんだろう」と尋ねる場面もあった。
一見すると、どこにでもいる若者たちの何気ない会話だ。けれど、その背景には決定的な「自由の差」が横たわっている。

イスラエル人の青年が国外旅行の話をできる一方で、パレスチナ人にとっては空港へ行くことさえほとんど不可能だ。人種によってナンバープレートの色が異なり、パレスチナ人の車の入場が制限されているエリアがある。
ごく普通の夢や悩みさえも持てない人がいるという現実に、心が締めつけられた。

2|村で唯一の学校

村に建てられた、唯一の学校。
その建設は、イスラエル兵の妨害をかいくぐるようにして行われた。昼間は女性と子どもたちが建設を進め、夜になると男性たちが交代する。ついに完成した学校は、豪華ではないけれど、屋根と机、椅子、黒板がそろった学び舎だった。

しかし間もなく、イスラエル軍は学校の取り壊しを命じる。
子どもたちが目を輝かせて勉強していた教室は、無惨に瓦礫と化した。

教育を受けることは基本的人権のひとつのはずだ。
なぜ子どもたちが「学ぶ」という希望さえ奪われなければならないのか。

carnegieendowment.org

3|切り裂かれる水のホース

地面から水が噴き出す。切断されたホース、破壊されたパイプ。
「生きる」ために不可欠な水が、計画的に奪われている。家を壊し、学校を壊し、そして水までも遮断していく。

住民がイスラエル兵に「なぜ壊すの?」と問いかけると、彼らは「これは法律に基づいている」と繰り返す。だが、パレスチナ人にとってその土地は、1830年代から先祖代々住み続けてきた場所。どんな法が、それを否定できるのか?

 

■ 私たちはどう関わるべきなのか――観客として、ドイツに暮らす者として

映画上映前にトークイベントが開かれた。今回の上映会は、ドイツの左翼党 Die Linkeが主催したもので、その前の週にもハンブルク市内の別の場所で上映会が開かれた。

ドイツでは「イスラエルの安全保障は国是である」という原則が掲げられ、ほとんどの政党がイスラエルの政策を支持する立場を取っている。その中で、Die Linkeが政党として今回の上映会を開催し、パレスチナの人々の視点に耳を傾ける場をつくるというのは、非常に稀な行動である。いかにしてこの虐殺に対して立ち向かうのか、意見を聞いてみたいと思って私は参加した。

各党のスタンスに関して。現首相CDUのメルツは、ガザの情勢に対して「イスラエル自衛権」を全面的に支持しており、前首相SPDのショルツ首相も繰り返し「イスラエルの安全保障はドイツの国是」と発言していた。緑の党 Die Grünenは人権に敏感な党であり、党内にはパレスチナに同情的な声もあるが、与党入り以降は親イスラエル的な姿勢を取っているように見える。

そして左翼党 Die Linkeは、党内にイスラエル批判を強く行う人もいる、今回のようなイベントを開催する唯一の党と言って良いかもしれない。

トークイベントは、Die Linkeに所属するメンバーが、パレスチナ出身・ドイツで弁護士として活動している方に質問をする形式だった。

その人の両親は、パレスチナの村al-Falujaの出身で、この村は現在のイスラエル建国にともなって破壊された村の一つ。彼の家族は、ナクバ(1948年の「大災厄」と呼ばれるイスラエル建国時の大量追放・村の破壊)を経験した世代だ。政治的に本格的に活動しはじめたのはここ10年ほど前、特に近年の状況、親族の多くがいまだ現地で生活していること、そして現在進行形で起きている虐殺(「Völkermord=ジェノサイド」と明言)を受け、政治的関与を強めたと自己紹介をしていた。

ジェノサイドを正当化してしまう経済構造

ドイツ企業がイスラエル占領政策から直接的に経済的利益を得てきたという事実が語られた。私たちができることーボイコットとなる対象の企業(こちら日本語の情報)は、BtoCビジネスを行っている企業がほとんどなので、あまり馴染みのない名前の企業もある。

たとえば、ThyssenKruppイスラエル海軍向けに潜水艦を製造し、数十億ユーロ規模の契約を結んでいる。その一部はドイツ政府によって助成されており、国家ぐるみの経済協力体制が存在している。また、VolkswagenSiemens、さらにはメディアのSpringer社も、占領地における事業展開、情報操作、人材供給といった形で、この構造に組み込まれている。

www.aljazeera.com

これらの企業は皮肉にも、危機から利益を得ている。占領とは軍事的なものにとどまらず、グローバル資本主義の中で正当化・活用される構造であり、この構造に加担している現実を直視し、ドイツで人権や反差別を掲げる人々、特にDie Linkeをはじめとした社会的左派には明確な立場と行動を求めたいパレスチナ出身の方は強調していた。

サブカルチャー発信の場を守る

現在世界は、右傾化の時代にあり、先の参議院選挙で日本でも極右政党の躍進からその風が吹き荒れている。

トークでは、その傾向に加え、現代の闘争は本質的な差異に基づいて生み出されており、新自由主義による主体の分断で個人が孤立化している点が問題視された。

私たちは何も新しいものを生み出す必要はなく、忘れかけていた連帯(Solidarität)を取り戻すことが必要だ。かつて連帯は“民族間の優しさ(Zärtlichkeit)”と呼ばれていた。

これは他の大陸と陸続きになっていない日本で育った私には、馴染みのない概念であると受け止めたが、印象に残ったメッセージだった。

また最後に、この上映会の場の提供者にも感謝の言葉が述べられた。上映会の会場であった、Stellwerkハンブルク中央駅から電車で10-15分のHarburg駅構内の地上階にあるナイトクラブ。

確かに表立って「親パレスチナ」を主張することを躊躇う空気がある中で、場を提供することには勇気が要る。トークではサブカルチャーの浸食が進んでいる」と表現されていた。こうした空間が今も存在し続けているのは重要なことであり、私たちにできるのはこういった表現の自由、政治的議論の場、そして連帯の場としての公共性を担う空間を守るために足繁く通うことだ。

 

池の水を抜く「かいぼり」Pond Draining for Biodiversity

池の水を抜いて、底にたまった泥を取り除く「かいぼり」。昔から農業用のため池や城の堀で、春を迎える前の寒い時期に行われてきた。今でも皇居外苑の堀や全国のお城で続けられ、東京都武蔵野市井の頭公園では名物イベントになっているそう。

 

そんな「かいぼり」に、2024年3月、神戸の資源リサイクルセンターに併設されたビオトープで参加してきた。主催団体とご縁がありスタッフとして関わったのだが、驚いたのは子どもたちの知識!専門家の先生に負けないくらい、生き物の名前をすらすら答える小さなマニアたちがたくさんいて、自然保護の道に進む人も出てきそうだなと、未来に希望を感じた。

 

ところで「ビオトープ(biotope)」ってなに?と思う人もいるかもしれない。

・・・もともとその地域に住む生き物たちが安定して暮らせる場所のこと

「生物」を意味する「bios」と「場所」を意味する「topos」を組み合わせた言葉で、ドイツの動物地理学者が名付けたらしい。せっかくドイツにいるのだし、本場のビオトープも見に行かなくては!

今回作業をしたビオトープは、20年にわたって保全されてきた貴重な場所。神戸市内の自然地で絶滅したものや絶滅が危惧される植物が多く維持保全されており、市内でもトップクラスの環境だとか。そんな場所で「かいぼり」を体験できたのは、とても貴重な機会だった。

ポンプを使って池の水を抜き、ぼうぼうに伸びた水草を整え、底にたまった泥をショベルで掻き出してバケツに入れる。重たくなったバケツはリレー方式で運ばれ、最後に泥の中から「生き物の救出」が始まる。

 

掘り出された生き物は、種類ごとに慎重に分けられていく。カワバタモロコ、ミナミメダカ、ミナミヌマエビ、クロスジギンヤンマ、ニホンアカガエル……。

赤文字で書かれているタコノアシは多年草の一種、一部地域では準絶滅危惧種に選定されている。明石川に多く生育していたそうだが、近年河川敷ではほとんど見られなくなった。このビオトープでは沢山生息しています!

観察された生き物の名前を、模造紙に黙々と書き留める中学生たち。私だったら聞きなれない名前ばかりで、きっと何度も聞き返してしまうだろう。

作業が終わると、池に再び水をため、いったん水槽で保護していた生き物たちを元の環境へ戻す。残念ながら、作業中に命を落としてしまう生き物もいる。それでも、この「かいぼり」は池の環境を健全に保つために欠かせない。生態系を守るための、1年に1度の大切な仕事なのだ。

 

「かいぼり」には、さまざまな環境的な意義があるとされている。

 

第一に、水質改善。
池の底にたまった有機物を取り除くことで、水の透明度が上がり、藻類の異常繁殖を防ぐ。また、沈んでしまったゴミも回収できるので、池全体がスッキリする。

 

第二に、生態系の維持。
外来種の駆除を行うことで、本来の生態系を取り戻すことができる。今回のビオトープでも、特大サイズのウシガエルが数匹見つかったため、参加者の中には食用として持ち帰った人もいた。

さらに、気候変動対策にもなるとか。
ため池や湿地の底では、酸素が不足することでメタンが発生する。メタンは二酸化炭素28倍もの温室効果を持つガスだ。特に夏場は「水温成層」と呼ばれる現象で池の水が混ざらず、底の酸素が不足しやすくなる。しかし、かいぼりを定期的に行えば、池の底に酸素が供給され、メタンの発生を抑えることができる可能性がある。

 

かいぼりと農業のつながり
昔から日本各地で行われてきたかいぼりは、もともと環境保全ではなく、農業用の実用的な管理作業だった。例えば、田んぼに水を引くための「浚い(さらい)」と呼ばれる河川の清掃作業も、かいぼりと同じ考え方に基づいている。

数年前、福島県喜多方市で田植え前の「さらい」に参加したことがある。泊まり込みで地域の人たちと作業をしながら、昔から続く農業と環境の関わりを実感した。棚田のように人の手で作られた環境は、手をかけ続けなければ維持できない。これはビオトープや人工の池でも同じことだろう。

 

かいぼりは、単なる池の掃除ではなく、生物多様性保全、農業、そして気候変動対策と、多方面に関わる奥深い活動であることが分かって頂けたのではないでしょうか?

 

昨年私が参加した「ビオトープかいぼり」が今年も開催されます!

日時 2025年3月20日(祝日) 09:30~14:30
場所 神戸市西区見津が丘1-9 神戸市資源リサイクルセンター

 

ぜひ泥んこになって楽しんで来て下さい!

気候市民サミット IPCC特別報告書をよむ

10月20日に気候市民サミットin京都 〜気候危機とIPCCの気候科学・脱炭素革命・自然エネルギー100%〜が開かれたので、そこで話されたこと、考えたことを自分なりにまとめてみました。1年近く更新をしていませんでしたが、今日はたまたま時間があり…

現在はClimate Youth Japanにて、12月のCOP24派遣に向け準備をしているところです。

 

個人目標
  1. IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が今月上旬に出した、1.5°Cの地球温暖化に関する特別報告書のサマリーを理解すること
  2. 脱石炭の市民運動に従事する方の話を聞き、今後若者が国内や国際会議の場においてどのように行動していけばいいか手がかりを知ること
  3. 登壇された方も含めて参加された方々と何らかの形で繋がること

目標①IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が今月上旬に出した、1.5°Cの地球温暖化に関する特別報告書のサマリーを理解すること

気候変動の分野で有名な江守 正多さん(国立環境研究所)のお話を聞くのは初めてで、第6次報告書にもかかわっている学者の方の見解を知ることが出来たのは貴重な機会だった。

報告書はこちら(原文・英語)。「IPCC 報告書」と検索すると日本のNGOがまとめたものも見つかる。それでは順に追っていこう。

 

現在地は?

現時点で産業化以前を基準に既に約1℃温暖化しており、このままのペースなら2040年前後に1.5℃に到達してしまう。

そして仮に現時点で人間活動による排出をピタリと止めても温暖化と海面上昇は数百年以上続くが、1.5℃までは温暖化しないだろう。

 

後者に関する議論に「ティッピング・ポイント(tipping point)」という言葉が登場し、海上からの質問が湧きあがった。

 

少しずつの変化が急激な変化に変わってしまう転換点を指す用語である。気候変動についても、あるレベルを超えると、気候システムにしばしば不可逆性を伴うような大規模な変化が生じる可能性がある、こうした変化については、現時点では未解明な部分も多く、さらなる研究が必要であるが、その潜在的な深刻さについては認識しておくことが重要である。

http://www.env.go.jp/earth/ondanka/rep130412/report_2.pdf

 

未だ解明されていないことも多いが、+2℃上昇からスイッチが入り温度上昇が止まらなくなる転換点があるそうだ。

 

1.5℃温暖化したらやばくて、2℃温暖化すればもっとやばい

パリ協定では「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つととも. に、1.5℃に抑える努力を追求すること」という目標が掲げられている。この目標に対してどう考えるだろうか?2℃達成出来たらセーフで1.5℃なら安心!ではない。1.5℃温暖化したらやばくて、2℃温暖化すればもっとやばいのだ。ここでは具体的にどんなことが起こるかは省略するが、その悪影響は北極域、乾燥地域、沿岸低平地、小島嶼などに住む途上国の貧しい人たちや先住民族がはじめに被る。

改めて、”だれのために”という観点を忘れないでおこう。

 

2℃、1.5℃に抑える努力はめいっぱいすることは前提とした上で、「オーバーシュート」の策があると報告書に書かれている。

f:id:sustainablefuture:20181021132421p:plain

「オーバーシュート」とは温暖化が1.5℃を一度超えてから1.5℃まで下げることである。どうするか?人為的に大気中の二酸化炭素を除去する技術(CDR)を用いる。少量ならば、植林や農地の土壌管理などで可能であるそうだ。すべてをこの技術に頼ることはできないことを認識しておきたい。

 

これからの社会はどうなっていく?

これから世界全体で目標を達成するには、いち早いシステムの転換が求められる。

システムの転換=投資の増加、政策、イノベーションの加速、行動変容

「いまある技術を低コストで社会に普及していけるか」「想定されているイノベーションはもっとダイナミックに起きており」、例えばデジタル化や自動化という技術をどう気候変動問題に応用していけるかも柔らかい頭で考える必要がある。という言葉が印象に残った。